昔の日本サッカーはおもしろかった?サッカー日本代表歴代監督まとめ


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サッカーコラム
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1993年から日本代表の監督は4年毎に必ず交代する

今回は歴代日本代表監督の歴史をまとめてみることにする。

今が2022年なのでかなり昔になるが

1993年から振り返ると

4年以内には代表監督は交代しており、

4年を1期として区切ると

2期以上率いた監督はいない。

岡田監督は例外で2大会率いたが

8年間率いたわけでなく、前任がワールドカップ前に解任、

もしくは辞退という形で急遽

抜擢されてのピンチヒッター的な役割だった。

1993年から現在までの日本代表監督をみていこう。

 

ハンス・オフト 1992年~1993年

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日本代表を別次元に引き上げたといってもいいのが

オランダ人監督であるハンス・オフトである。

ヨーロッパの戦術を日本代表に落とし込み、

三浦知良とラモス瑠偉、この2人を軸に

井原や北澤、福田、高木など若い世代が周囲を固め、

勢いあるチームは92年アジアカップを初制覇。

アメリカワールドカップ最終予選では本大会出場まであと1歩のとこまで

いくことに成功。

 

岡田武史 1997~1998

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ドーハの悲劇を繰り返さないために

まずはブラジル代表選手としても活躍した

パウロ・ファルカンが後任監督となる。

しかし、戦術を落とし込んでいたオフトジャパンとは違い、

選手の自主性に任せたチーム作りをして失敗。

すぐに解任され、日本人である加茂周が監督となる。

しかしヨーロッパ式の戦術をまた取り入れようとし、

失敗。

ワールドカップ出場が危ぶまれたため、解任。

1997年ついに岡田武史が監督になる。

フランスワールドカップの切符は見事つかみとるものの

ワールドカップでは3連敗。

カズと北澤をメンバーから外し、批判を受けるも

中田英寿と城という若い2人を代わりに抜擢。

監督として初采配とは思えない大胆な策を講じる。

2002年日韓共同開催のワールドカップに向け、

ワールドカップ出場という最低限のノルマはこなした。

 

フィリップ・トルシエ 1998~2002

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1993年のハンス・オフト以上に戦術にこだわった

初のフランス人監督。

任期は4年といままで紹介した監督の中では一番長く、

メンバーもフランスワールドカップから中田英寿以外

ほぼ世代交代させた。

2000年にはアジアカップでは圧倒的な強さで日本を優勝させる。

小野伸二、稲本潤一、中田浩二など中田英寿以外にも次々と有望な選手が

台頭。トルシエオリジナルのフラットスリーという戦術で

ワールドカップでも初のベスト16に進出。

日本サッカーの歴史を塗り替えた名将である。

個人的には4年の任期を全うし、日本を決勝トーナメントに

導いたので歴代ナンバーワンといってもいいのではないだろうかと思っている。

 

ジーコ 2002~2006

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戦術を落とし込んだチームを解体し、

選手主導に戻したのがブラジル人のジーコだった。

かつて鹿島アントラーズで日本サッカー発展のために貢献した

ブラジルのレジェンドは広告塔してはかなり優秀だったが

期待されていたワールドカップでのチームの躍進はならなかった。

中田英寿、中村俊輔、稲本潤一、小野伸二の黄金の中盤は本大会では機能せず。

しかしアジアカップは2連覇を果たし、アジアでは結果を残した。

コンフェデレーションズカップでの日本の激闘など名場面も多く、

賛否両論あるのがジーコジャパンだったように思える。

ジーコとともに中田英寿も日本サッカー界から姿を消し、

これ以降、中田英寿が日本サッカーに関わることはなかった。

 

イビチャ・オシム 2006~2007

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ジーコの次に代表監督となったのは2003年にジェフの監督に就任し、

ジェフをいきなり3位に押し上げたイビチャ・オシムが次の代表監督となった。

「走る」を日本代表の戦術の柱としたオシムは

次々と若手を抜擢。

戦術を落とし込むのではなく、選手が異なる状況で瞬時に判断できるよう求めた。

オシムは日本サッカーを日本化する可能性もあったが、

道半ばで脳梗塞に倒れ、代表活動が困難となり、

ここで再び岡田武史が再任された。

 

岡田武史 2010

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2度めのワールドカップを戦うことになった岡田武史。

監督経験も経たピンチヒッターは

2010年南アフリカワールドカップで奇跡のベスト16突破を成し遂げる。

オシム監督の目指したサッカーは継承できなかったが

阿部勇樹をアンカーに据え、本田圭佑を1トップにした布陣は

鉄壁の守りを形成。

調子が悪いが、大黒柱だった10番の中村俊輔を外した

大胆な采配がここでも繰り返された。

 

アルベルト・ザッケローニ 2010~2014

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岡田武史が代表の軸に選んだ選手を軸に

日本サッカーを盛り上げたのがイタリア人監督のザッケローニである。

日本が大好きな攻撃サッカーで2011年アジアカップを制覇すると

ヨーロッパ遠征でもフランス、ベルギーを破り、

快進撃を続ける。

しかしコンフェデレーションズカップ、ワールドカップと

主要大会では結果は出せず、この頃は

代表選手が5大リーグでプレーすることも珍しくなかった時代だっただけに

史上最強ジャパンと言われたが期待どおりとはいかなかった。

特にワールドカップの初戦コートジボワール戦は本田圭佑のゴールで

先制するも、選手のメンタリティの弱さを露呈し、

逆転負けを喫し、多くの国民を絶望させた。

 

西野朗 2018

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ザッケローニの失敗からか日本サッカー協会は

2014年から監督人事に迷走する。

ザッケローニの後任に選ばれたのはメキシコ人監督のハビエル・アギーレであった。

かなり期待された監督であったが、

過去にあったスペイン監督時代の八百長疑惑がこれからというときに

浮上し、解任され、代わりにフランス国籍もあるヴァイッド・ハリルホジッチが

就任する。ブラジルワールドカップでアルジェリアをベスト16に導いた

名将は、日本に縦に早いサッカーを求めた。

それはその時代のトレンドだったが、日本ではどうしてもそのサッカーが合わず、

ハリルホジッチが求める人材が不足していたため、攻撃が停滞し、

ワールドカップ予選は突破するものの

親善試合で結果が出せず、解任。大会2ヶ月前というバタバタな展開だったが

ここでピンチヒッターとして就任した西野朗監督が結果を残す。

優勝候補であった黄金世代集結のベルギーを後1歩まで追い詰めた

サッカーは多くの国民の支持を得た一方、

グループリーグの最終戦ではパス回しでの逃げ切りを図るとして

侍じゃないと批判された。

しかしわずか3試合のテストマッチで本大会まで仕上げた手腕は名将というに

ふさわしく、代表監督継続が期待されたが後任を森保一に託し、勇退した。

 

森保一 2018~2022現在

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西野朗監督の後を託され、

日本サッカーの真の継承ということで

抜擢されたのが森保一である。

彼は、オフトジャパンの頃の代表メンバーであり。

カズやラモス瑠偉と共に戦ったドーハの悲劇を知る一人である。

現在の代表チームも森保一が継続して率いているが、

賛否が激しく、解任を求める声も少なくない。

コロナ渦というテストマッチが組めない難しい状況ではあるものの

ワールドカップ最終予選はこのままいけば突破できそうなのでひとまずは

安心だろう。

森保一は戦術を恩師オフトのように落とし込むことはせず、

どちらかといえば選手に判断を任せ、攻撃では速攻と遅攻を

使い分けるサッカーをしている。

これまで森保ジャパンが大量失点をして負けた試合はほぼなく、

堅守を保っているのは

やはり選手がヨーロッパでプレーするのが当たり前となったことで

判断力が上がった成果だろう。

また森保監督はあまり話すタイプではないので伝わってないが

彼は日本のサッカーを過去からさかのぼり研究し、選手選考に反映させている。

ヨーロッパでのプレー経験は森保にはないものの、

彼の監督としての姿勢は選手に共感され、絶大な信頼を得ているところは他の監督にはないところだろう。

いやザッケローニもかなりの信頼を得ていたか。

3月24日にワールドカップ出場が決まる運命のアウェーオーストラリア戦がある。

森保監督の采配にも注目したい。

 

監督は外国人のほうが選手選考にサプライズ感がある

外国人か日本人か

監督はどちらがいいかと議論にはなるが、

正直、日本代表というのを1つのコンテンツとして

観たときに、外国人監督のほうがサプライズな選手選考をする傾向がある。

特に日本に来日したばかりで、選手をよく知らないうちは、

この選手を使うのか!というのが

みられるので、おもしろい。

おもしろい時代といえばジーコ→オシムへと変わるときで

海外組を呼べなかったとはいえ、

ドイツワールドカップのスタメンをほぼ外し

メンバーを入れ替えたのには驚いた。

トップを務めていたのは我那覇であり、

当時は誰?という感じだった。

例えば代表経験のなかった

鈴木啓太をオシムは好んで使ったが、

トルシエもジーコもザッケローニも

彼を使うかといえばそうではないだろう。

中田英寿のようにどの監督からも信頼され

使われる選手がいる一方、

監督の好みによって、そのときがピークであったとしても

外されてしまうのが日本代表である。

たしかにワールドカップでの成績も大事だが

ワールドカップまでの4年間という中で

選手がどれだけ使われ、最終的に誰が選ばれるのか

ハラハラ・ドキドキな展開のほうが

ドラマ感があっていい。

今の代表がつまらないと感じているのはエンタメ性の

欠如ということだろうか。

Naoki★

当サイトの管理人 フットウォールYouTubeやってます!
静岡生まれ静岡育ちの自称「サッカーファン日本代表」 2015年からコラムサイトfootwallを立ち上げる。
プロサッカークラブの経営者になるのが夢。
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