モンチは清武弘嗣をセビージャに移籍させ、ヨーロッパリーグで最多5回の優勝をチームにもたらした敏腕SD
スポーツディレクターというのは皆さんはご存知だろうか。
知っている方も多いかもしれないが、監督が要望している選手を
みつけて連れてくるスカウトのような仕事をしている人のことである。
最近ではレアルの監督であるジダンなどがこの仕事をやっていた。
スポーツディレクター略してSDの中で有名なのが現在セリエAのASローマで働いているモンチである。
モンチは元々セビージャのGKだったが、クラブのためにSDに就任。
彼は中堅クラブであったセビージャをヨーロッパリーグでは敵なしの強豪へと押し上げた敏腕SDで
まだどこのクラブも目を付けていない、若手選手を安く買い取りその選手を育て
ピークになろうかというところで、バルセロナなどのビッグクラブへと売っていた。
最近では清武弘嗣がハノーファーからセビージャに移籍したが、これもモンチが連れてきたといえる。
セビージャが選手を高く売った例として有名なのが、ダニエウ・アウベスとセルヒオ・ラモスだろう。
この2人は今もヨーロッパのビッグクラブでレギュラーとして活躍していることから
モンチがいかに才能を発掘するのが上手いかがわかる。
そんなモンチでも選手を口説くのに失敗した例があるので紹介していこう。
マルセロ SB レアルマドリード所属
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2007年冬、ブラジルのフルミネンセにいた無名のブラジル人左サイドバックにモンチは目をつけ
セビージャに移籍させようとしていた。
しかしレアルがこの情報をキャッチし獲得寸前でオファーをだし横取り。
去年のブラジル対日本戦でもみたスーパーゴールが記憶に新しく、ご存知の方も多いだろうがすごい選手へと成長。
当時獲得したレアルはマルセロの名前をリストにも入れておらず、モンチの隠し玉という情報だけを
信じて獲得したのだからいかにモンチの目利きがすごいかがわかる。
もしモンチがセビージャに連れてきていればレアルからたんまりと移籍金を頂戴していたことだろう。
ファン・ペルシー FW フェネルバフチェ所属
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オランダのフェイエノールトにいた2004年頃ファンペルシーには数々のビッグクラブからオファーがあった。
セビージャもその時にオファーをだし契約寸前までいったが、これまた契約寸前で
アーセナルに持っていかれたのだ。
以後、アーセナルでは度重なる怪我に悩まされ本来の実力が発揮できない日が続いたが
2011-2012シーズンにはプレミア得点王となり、翌年マンチェスターユナイテッドへ移籍
その年もプレミアリーグ得点王となり2年連続得点王となった。
得点王にもなったがもしセビージャに移籍していれば、移籍初年度から活躍できただろうと思うと
ファンペルシーはもったいないことをしたとも思う。
ナイジェル・デ・ヨング MF マインツ05所属
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セビージャの街を気に入り合意にまで至っていたナイジェル・デ・ヨング。
2006年の当時はまだオランダのアヤックスに在籍していた。
だが彼はドイツのハンブルクへと移籍しセビージャに来ることはなかった。
理由は母親が病に倒れたため、母の近くに残ることを選んだのだ。
クラブに横取りされたのではなく、母親に取られたというのが言い方としては合っているだろうか。
「選手の家庭に加入することはできない」とモンチが話す通り
SDが選手の家族の問題に口を出すことはできないのである。
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