FCバルセロナというクラブを皆さんはご存知でしょうか?
あの世界一の選手リオネル・メッシが10代から活躍していたスペインの名門クラブです。
今回はそのバルセロナのクラブの紹介というよりも、バルセロナの都市があるカタルーニャ州とスペインの歴史について少し触れていきたいと思います。
そもそもなぜレアル・マドリーとバルセロナがクラシコであんなにバチバチなのか?スペインとカタルーニャが歩んできた歴史をみるとわかることがありました。
カタルーニャとスペインの統一の話
バルセロナというクラブはどこにあるのか?というはなしですが
スペイン北東部のカタルーニャ州と呼ばれるところにあります。
Embed from Getty Imagesまたカタルーニャには変わった歴史があり
西暦987~1716年までカタルーニャの独立国が存在しました。
1479年にスペインの統一がなされますが
その後スペイン継承戦争が勃発。
1714年にスペイン軍に敗北したカタルーニャは自治権を失い
結果、スペインは完全統一なされた歴史があるのです。
1936年から始まったフランシスコ・フランコの独裁政権では
カタルーニャに対して
カタルーニャ語の禁止など
ひどい弾圧が始まりました。
Embed from Getty Imagesここからカタルーニャの市民はサッカーでその
溜まったうっぷんを晴らすことになります。
Embed from Getty Images(フランコもサッカーが好きだったようですね。これはサッカー観戦をしている様子です。)
1902年から始まったクラシコは
こうした政治的な対立があるからこそ盛り上がるのだということが
少しわかっていただけたかと思います。
とはいっても僕自身世界史の授業は苦手だったので少しわかりづらい解説になってしまったかもしれません。
カタルーニャ語のバルサ用語がいつくつか存在
今のFCバルセロナのファンの間で使われている用語にもカタルーニャ語がいくつか存在しています。
カン・バルサ バルサ家
シウタ・エスポルティバ FCバルセロナの総合練習場
ソム・イ レッツゴー
ピチーチ リーグ得点王
ブラウグラーナ FCバルセロナの愛称
ラ・マシア バルサカンテラの寮
などがあります。
カタルーニャ代表だった2010年のスペイン代表は代表ではないというマドリー市民も
今私が語ったのはカタルーニャのほんの1部の歴史を紹介しただけで
スペイン継承戦争で調べるとわかるのですが裏でフランスやら他のヨーロッパの国も
巻き込んでの戦争なのでかなり複雑です。
これはとあるスペインのハーフの日本人の方に聞いたのですが
2010年南アフリカワールドカップで優勝した
スペイン代表を
「あれはスペイン代表じゃない」と認めない
マドリーの人もいるそうです。
それはなぜか?
当時のメンバーをみればわかるのですが
バルセロナのメンバーがかなりの割当を占めていました。
なので先程ふれたカタルーニャの歴史をみれば
彼らを未だに心のなかで
スペイン人の選手として認めないという人もいるのも
仕方ないかもしれません。
日本は独立国家としてどこかの県が独立したという歴史はないので
僕ら日本人にしては理解できないはなしではありますね。
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