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【代表には絶対欠かせない男】本田圭佑にしかできない【普通の日本人ならしない】5つのこと

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コロンビア戦香川と途中交代で入った本田圭佑。コーナーキックから決勝点をアシスト

先日のコロンビア戦、メディアの予想通り

ワールドカップ男本田圭佑はベンチスタート。


トップ下には香川が入ることになった。

試合開始早々運よく日本はPKを獲得し、コロンビアはハンドを犯し1人退場で10人に。

日本はそのまま押し込みたかったものの相変わらずの中途半端なプレーで

追加点を奪えず、逆にコロンビアからフリーキックを決められ

1-1で前半を終える。

後半になるとコロンビアは勝負にでる。英雄ハメスを投入すると

元ミランで本田の元チームメイトであるFWバッカも投入。

それと同時に我らが本田圭佑も香川と交代してピッチに立った。

そして交代早々本田は結果をだす。

大迫の粘りからコーナーキックを獲得。

左コーナーだったので左利きの本田がキッカーに。

弧を描いたボールは大迫の頭にドンピシャで合い、ヘディングでゴールを決め

日本が逆転。

大会前多くのサポーターやサッカーを知らない無知な解説者から

「本田はいらない」と言われた男が

決勝点をアシスト、本田は必要だということを世間に証明した。

そんな批判されても貪欲に結果を残す男本田圭佑が今までしてきた

すごいことをよく彼を知らない人のために記しておこうと思う。

10番で大先輩だった中村俊輔からフリーキックのキッカーを直訴。悪童と罵られる

岡田監督だった2009年頃の日本代表。

この年の9月、日本はアウェーでワールドカップの常連国オランダと戦っていた。

当時代表では23才と若く、実績もない若者だった本田は

後半に玉田圭司と交代して入ると

フリーキックの場面で不動のキッカーであった中村俊輔に

「俺がいく」とキッカーを志願。

しかもそれを5回か6回か同じことを言ったという。

この試合の映像をみると2人は前傾姿勢のまま何かを言い合っており、

業を煮やした中村俊輔が結局蹴り、ボールはオランダのゴールキーパーにはじかれている。

日本では年功序列が当たり前の国であり、それはサッカーでも変わらない。

だからこそ国民の目には本田が

「自己中心的、個人プレー重視、悪童」と

悪い印象でみえていたのかもしれない。

だが本田はこのときの中村との口論をこう答えている。

代表の実績を考えれば、俊さんが蹴るのは当然のことです。もちろんチームに溶け込む努力はすべきだと思います。でもチーム内の声を気にしすぎていても、事が良くなるとは思えない。

まずは自分がどういうプレーをするのか、周りに示さないと

Number948「僕らは本田圭佑を待っている」より引用

このオランダ戦は0-3と日本は何もできないまま大敗。ワールドカップまで1年をきっている中

注目されたのは本田と俊輔の口論だけ。

そんな批判が殺到する中、本田は日本人らしくない謙虚さを持ってないと男として

この頃からメディアの注目の的になっていく。

「嵐を呼ぶ男」と本田圭佑が呼ばれるようになるのは

この数か月後、南アフリカでのデンマーク戦の後である。

彼はこの試合で遠藤保仁と共に値千金のフリーキックを決め

「どうだ、俺やろ」ということを国民に証明した。

今の日本代表をみていると当時の本田のように口論してまでフリーキックを

蹴ろうとする選手がおらず、やや草食になっているのが残念でならない。

「遠藤保仁がMVP」本田圭佑は先輩を超リスペクトするできた人物

金髪でバラエティー番組にも出演せず、

メディアに対しては決して笑わない本田。

時には厳しい言葉をチームメイトに浴びせるその姿からは

とっつきにくいという印象が先行する。

しかしメディアにたつ本田と実際の本田は異なる。

南アフリカワールドカップ第3戦での2本目のフリーキックの場面。

先制点を取っていた本田はボールを蹴る位置にスタンバイ。

ガンバ大阪の遠藤保仁と共に仁王立ちした。

この場面、「俺やろ」と本田は主張したように思えるが

実際は、遠藤から「俺、蹴るよ」本田はあっさり「ああOK」と

返事をしている。
Embed from Getty Images
本田は決して自己主張が強いだけの人間ではなく、状況によっては

相手に譲るし、同時に先輩をリスペクトしているのだ。

2011年アジアカップでMVPをとったときも「個人的にはヤットさんがMVP」と

遠藤のことをリスペクトする発言も。

彼は決してワンマンではないことがこれで分かったと思う。

ワールドカップ前の大事なシーズンにヨーロッパを離れ、なぜかメキシコリーグに。都落ちではなく先見性が高すぎただけだった

2017年夏、ロシアワールドカップ前の最後のシーズンに本田は

イタリアの名門ミランを離れ、メキシコのパチューカに電撃移籍。

多くの報道陣の度肝を抜いた。
Embed from Getty Images

ヨーロッパのクラブからオファーがあったもののなぜかレベルの低いメキシコを選択。

だがそこには彼の隠された真意があった。

それは日本がメキシコ人の監督アギーレを招へいしたことがまず関係があるといえる。

アギーレはスペインのクラブを指揮していたときの試合で八百長疑惑があり

2015年に代表監督を解任された。

アギーレに短い期間であったが本田も指導を受け、何かを感じたのかもしれない。
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彼はアギーレを追うように自らメキシコのサッカーを体感しに移籍したのだと考える。

またメキシコのワールドカップの成績だ。

94年大会から6大会連続で決勝トーナメントに進出しており、

安定した成績を収めている。

しかも2012年のロンドン五輪では決勝であのブラジルを破り、金メダル。

いま、最もきているのがメキシコであり、本田もそこに着目したからこそ

未開の地メキシコに足を踏み入れたのではないだろうか。

本田はいずれ、指導者としてサッカーに関わるだろうと私は思っている。

だからこそ日本人に新たな可能性を見出すべく、メキシコのサッカーに触れておきたかったのかもしれない。

2014ブラジル大会ではバセドウ病を患いながらも病気であることは明言せず。本田は真のプロフェッショナル

本田は昔の顔と今の顔を比べると目玉が飛び出したようになっており顔がかなり変わっている。

病気の症状の1つ眼球突出が現れる前の本田↓
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これはバセドウ病の症状の1つで

この病気は甲状腺機能異常をきたしてしまうのである。

本田は2013年頃この病気を発症。

以後、手術をして2014年のブラジル大会に臨んだ。

この病気はアスリートにとっては致命的で

疲れやすくなり、微熱状態、集中力低下、息切れなど様々な症状が現れる。
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これだけみてもサッカーのような激しいスポーツはできなさそうだが本田は常に

この病気と向き合い、サッカーに真剣に取り組んでいるのだ。

ブラジル大会前の直前合宿で本田は

「俺はW杯のためにここまでやってきた。全てはこのW杯のためで、言い訳をするつもりも、自分がやってきたことに後悔もない」

と覚悟を口にしている。

現在まで頸部を手術しメスは入れたことは事実確認がされたものの、

病名は未だにわかっていない。

言い訳をせず、結果を残す。それが本田圭佑なのである。

ワールドカップ3大会のうち全8得点(暫定)のうち6点に絡む。大舞台での勝負師

ワールドカップに出場した日本人で最も得点に絡んでいる選手を皆さんは誰であるか知っているだろうか。

そう、本田圭佑である。

南アフリカ大会 2ゴール1アシスト

ブラジル大会 1ゴール1アシスト

ロシア大会 1アシスト

とロシア大会はまだ最低でも2試合あるので今後も記録は更新されるかもしれないが

現時点で6ゴールに絡む活躍をしているのだ。

過去は過去と揶揄されるかもしれないが

この記録はどんな日本人レジェンドと比べても比較にならない。

しかも本田はアジア人で初めて3大会連続でアシストをした選手となった。

日本はワールドカップ全大会のゴール数と失点数を数字にすると

失点のほうがやや多い。現在総得点16、総失点は23である。

決定力不足と言われてしまう原因がここにある。
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ここ最近の大会で決定力を発揮し続けているのが本田であり、

彼こそがプロフェッショナル「ケイスケ・ホンダ」なのだ。

数年後ワールドカップで日本がベスト8以上が当たり前の時代になったときに

本田以上のゴールを決めた選手が言われるだろう

「おまえ、ケイスケ・ホンダみたいやなと」―――

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