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ASローマレジェンド選手歴代ベストイレブンを選んでみた

歴代レジェンド選手
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1994年アメリカワールドカップ決勝を見て、R・バッジョのファンになりセリエAを中心に海外サッカーを見始める。
現在も欧州5大リーグを中心に情報を集めたり、ネット配信を見ている。

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スクデットを3回優勝、コッパ・イタリアを9回優勝しているASローマ

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1927年に創設され、1951-1952シーズン以外は降格することなくセリエAに君臨しているのが、名門ASローマです。

これまでにスクデットを3回(1941-42、1982-83、2000-01)、コッパ・イタリアを9回制しているASローマには、多くの名選手が所属してきました。

今回は、その名選手の中からASローマ歴代ベストイレブンを紹介していきます。

結論から言うと、ASローマのベストイレブンは以下の通りです。

  • GK:タンクレーディ
  • RSB:カフー
  • CB:アウダイール
  • CB:ディ・バルトロメイ
  • LSB:ネーラ
  • CM:デ・ロッシ
  • CM:ファルカン
  • CM:コンティ
  • ST:ジャンニーニ
  • FW:トッティ
  • FW:バティストゥータ
  • 監督:リードホルム

皆さんが予想していた選手の名前は挙がっていましたでしょうか。

ここからは、ASローマ歴代ベストイレブンの選手や監督それぞれの解説と、番外編として何人かの印象的な選手も紹介していきます。

ASローマ歴代ベストイレブン:監督ニルス・リードホルム

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ASローマ歴代ベストイレブンの監督に選ばれたのが、ニルス・リードホルムです。

リードホルムは、選手時代にACミランやスウェーデン代表として活躍した選手で、指導者としてもACミランから監督のキャリアを始めました。

その後、ヴェローナやフィオレンティーナといったセリエAのクラブで監督を務め、1973年に初めてASローマの監督を務めます。

リードホルムは、1973-1977年、1979-1984年、1987-1989年、1997年と4度監督を務め、スクデット1回、コッパ・イタリア優勝3回とASローマで一番の実績を持っている監督です。

スクデットを獲得した時には、マンツーマンディフェンスが主流だったセリエAの中で、ゾーンディフェンスを採用し、後のイタリアサッカー界にも影響を与えています。

また、指導した選手の中には、ブラジル代表の黄金の中盤を形成したファルカンや世界的に名監督と言われている、現ブラジル代表監督カルロ・アンチェロッティというような、サッカー界に影響を与えている人物も多くいます。

皆さんは、ASローマの名監督としてカペッロを予想した人が多いのではないでしょうか?

他のクラブでの実績を考慮したうえではカペッロかもしれませんが、ASローマでの実績でいえばリードホルムだと思います。

ASローマ歴代ベストイレブン:GKフランコ・タンクレーディ

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ASローマ歴代ベストイレブンGKは、フランコ・タンクレーディです。

タンクレーディは、1977-1990年まで23年間ASローマで活躍したレジェンドGKです。

身長が179cmとGKとしては小柄ながら、ASローマの正GKとして1982-1983シーズンのスクデット獲得に貢献、リーグ戦255試合連続出場という記録も持っています。

タンクレーディは、イタリア代表としても1984年ロサンゼルスオリンピックに出場する等の活躍を見せています。

ASローマのGKと言えば、アントニオーリや最近ではアリソンといったGKが思い浮かびますが、歴代で考えるとベストはタンクレーディになりますね!

ASローマ歴代ベストイレブン:RSBカフー

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ASローマ歴代ベストイレブンRSBは、カフーです。

カフーは、2000–2001シーズンにスクデットを獲得した際の主力メンバーで、ブラジル出身のレジェンドサイドバックです。

右サイドバック(RSB)を主戦場とし、攻守にわたりサイドを上下動するその姿から、イタリアのファンには「イル・ベンドリーノ(特急列車)」、ローマのサポーターからは「ベンドリーノ(右サイドの支配者)」と呼ばれていました。

歴代最高のRSBとも評価されている選手です。

また、カフーはASローマだけでなくACミランでもスクデットを獲得しており、ブラジル代表としてもワールドカップ優勝を経験しています。まさに“優勝請負人”と言っても過言ではありません。

ASローマには6シーズン所属し、リーグ戦163試合に出場しました。ASローマの歴史の中でも、間違いなく最高のRSBの1人だと言えるでしょう。

筆者の心に強く残っているプレーは、2001年のウディネーゼ戦です。

ハーフライン付近で中田英寿選手がボールをキープし、右サイド前方の誰もいないように見えたスペースへパスを送ると、そのボールにカフーが驚異的なスピードで追いつきました。

そこからファーサイドへ正確なクロスを送り、中田選手がダイレクトボレーでゴールを決める——。

ハーフラインからわずか2人だけで生み出したこの得点シーンは圧巻で、今でも鮮明に記憶に残っています。

ASローマ歴代ベストイレブン:CBアウダイール

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ASローマ歴代ベストイレブンCBは、アウダイールです。

アウダイールは、2000-2001シーズンのスクデット獲得時のメンバーで、1990年から2003年まで13年間ASローマに所属していたレジェンドCBです。

ASローマでは、リーグ戦通算415試合に出場し、長年キャプテンも務めてDFラインのリーダーとして君臨していました。

アウダイールは、足元の技術が高く、冷静でクレバーな守備が持ち味でどんな監督からも信頼されるCBです。

ブラジル代表としては、1990年、1994年、1998年と3回ワールドカップに出場し、1994年アメリカワールドカップではブラジル代表の優勝にも貢献しています。

また、1996年アトランタオリンピックにオーバーエイジ枠で出場し、日本人には記憶に残るマイアミの奇跡でゴールの原因となるミスに関与しています。

ASローマ退団時には、その功績からアウダイールが着用していた背番号6番が永久欠番となるほどロマニスタから愛された選手で、ASローマ歴代ベストイレブンのCBとしては外せない選手です。

ASローマ歴代ベストイレブン:CBディ・バルトロメイ

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ASローマ歴代ベストイレブンのCBもう1人は、ディ・バルトロメイです。

バルトロメイは、スクデットを獲得した1982-1983シーズンにキャプテンを務め、ローマ生まれの下部組織育ちという背景から、ロマニスタに長年愛され続けたレジェンド選手です。

ブルーノ・コンティと同じ時代にローマを支えた、まさにバンディエラと呼ぶにふさわしい存在でした。

もともとはトップ下の選手で、10番を背負っていたことから攻撃的MFとしてのイメージも強いですが、途中でリベロへとコンバートされたことから、今回はCBとして選出しています。

フリーキックの精度と破壊力は圧巻で、得点能力の高い選手としても知られていました。

ドイツの皇帝フランツ・ベッケンバウアーを彷彿とさせるキャリアを歩んだともいえるでしょう。

全盛期をASローマで過ごし、スクデット1回、コッパ・イタリア優勝3回に貢献しました。

しかし、これほどの活躍を見せながらも、イタリア代表とは縁がなく、アンダー世代での代表経験のみに留まりました。実績を考えると「代表で活躍してもおかしくなかった」と感じるファンは多いはずです。

ローマではキャプテンを務めていたバルトロメイですが、先ほど紹介した監督であるニルス・リードホルムの後を追うように、1984年にはセリエA最大のライバルクラブであるACミランへ移籍することになります。

この決断は多くのロマニスタに衝撃を与えましたが、それでも彼の功績が色あせることはなく、2012年にはASローマの殿堂入りを果たしています。

35歳で引退後は、熱狂的なロマニスタであったがゆえの重圧に苦しみ、うつ病を患っていたとされています。

そして1994年、わずか39歳という若さでこの世を去りました。この悲報は、ロマニスタに深い悲しみをもたらした出来事となりました。

ASローマ歴代ベストイレブン:LSBセバスティアーノ・ネーラ

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ASローマ歴代ベストイレブンLSBは、セバスティアーノ・ネーラです。

ネーラは、スクデットを獲得した1982-1983シーズンの主力メンバーで高い得点能力を兼ね備えたレジェンドLSBです。

今回の歴代ベストイレブンには、スクデットを獲得した1982-1983シーズン、2000-2001シーズンの選手が数多く名を連ねています。

LSBに関しても色々な候補がいる中でネーラが選ばれたのは、1981年から1992年の在籍11年間すべてで主力として活躍してきたことが一番の理由です。

11年間大きなけがをすることなく、コンスタントに試合に出続けるということは非常に難しく、ましてや主力として活躍することは困難だとサッカーファンなら理解できると思います。

ASローマへの貢献度という点で一番のLSBは、ネーラで間違いありません!

ASローマ歴代ベストイレブン:CMダニエレ・デ・ロッシ

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ASローマ歴代ベストイレブンCMは、ダニエレ・デ・ロッシです。

現在のサッカーファンに「ASローマの偉大なレジェンド選手と言えば?」と質問したら、大半の人がトッティとデ・ロッシの名前を挙げるのではないでしょうか?

デ・ロッシは、今回のASローマ歴代ベストイレブンの中で唯一スクデットを獲得していない選手ですが、ロマニスタには深く愛されたレジェンド選手の一人です。

セリエAデビューしたのが、スクデットを獲得した翌年の2001-2002シーズンで、そこから2019年までの18年間、ASローマで活躍しています。

トッティが引退後は、後継者としてキャプテンマークを預けられ、退団する2019年までキャプテンを務める等、ASローマの象徴ともいえる選手です。

プレースタイルは、対人戦に強く、ボール奪取能力に長けた選手で、攻撃面でもゲーム組み立て能力、得点力が高く、なんでもこなせるユーティリティープレーヤーでした。

ASローマだけではなく、イタリア代表としても長年活躍していて、A代表として117試合に出場し、21得点を挙げています。

この得点数は、MFとしてイタリア史上2番目であり、戦後に限ると1番となる偉大な記録です。

現役引退後は、指導者の道に進み、2024年にASローマの監督に就任することになり、ロマニスタは歓喜しました。

2023ー2024シーズン途中の2024年1月からASローマの指揮を執り、就任当初9位だったチームを6位まで押し上げて、見事EL出場権を獲得する順位でシーズンを終えました。

ロマニスタに愛されたデ・ロッシが、シーズン開幕当初から指揮を執る2024-2025シーズンは、ロマニスタから期待を寄せられていましたが、開幕から4戦して3分1敗と勝つことができず、早い段階でデ・ロッシは解任されてしまいました。

この解任劇を不服に感じたロマニスタは、暴動を起こし、CEOに脅迫文を送る等徹底的に抗議活動を起こしたのです。

これだけでも、デ・ロッシがロマニスタから愛された存在であることを感じることができますね!

ASローマ歴代ベストイレブン:CMファルカン

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ASローマ歴代ベストイレブンのCM2人目は、ファルカンです。

古くからのサッカーファンであれば、「ファルカン=日本代表監督」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

ファルカンは、1982-1983シーズンのスクデット獲得時の主力メンバーであり、ブラジル代表では元日本代表監督のジーコ、鹿島アントラーズの監督を務めたトニーニョ・セレーゾ、そしてソクラテスとともに“黄金のカルテット”を形成したレジェンドです。

1980年にASローマへ加入しましたが、当初はイタリアで無名だったこともあり、ロマニスタからは獲得に対して懐疑的な声が多く上がっていました。

しかし、ボランチの位置から正確なパスやトリッキーな配球で攻撃にアクセントを加えるプレーによって、試合を重ねるごとにロマニスタの信頼を勝ち取っていきました。

その活躍は素晴らしく、1982-1983シーズンのスクデット獲得時も、ボランチとして攻守にわたりチームへ大きく貢献し、主力選手として優勝メンバーに名を連ねています。

退団時には多少のゴタゴタもあったものの、プレー面での貢献度は疑いようがなく、2012年にはASローマの殿堂入りを果たしました。

引退後は指導者の道へ進み、ブラジル代表監督としてキャリアをスタートさせます。カフーをはじめとする若手の発掘にも力を入れ、ブラジル代表の発展に寄与しました。

その後はメキシコのクラブ・アメリカや古巣インテナシオナルで監督を務め、1994年にはセルジオ越後氏の紹介や、現役時代からのジーコとの縁もあって日本代表監督に就任します。

日本代表では若手起用を進めた一方で、前任のハンス・オフトとは真逆の「選手が自由に考えるサッカー」を掲げたことでうまく機能せず、わずか1年で解任となりました。

帰国時の空港でサポーターから空き缶を投げられた際には、「たった1人でも日本には熱心なサポーターがいるのだな」と語り、ブラジルへ帰国していったことも印象的です。

ASローマ歴代ベストイレブンCM2人目は、日本人にも馴染み深い存在であるファルカンでした。

ASローマ歴代ベストイレブン:CMブルーノ・コンティ

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ASローマ歴代ベストイレブンのCM3人目は、ブルーノ・コンティです。

コンティは、1982-1983シーズンのスクデット獲得メンバーであり、右サイドハーフとして多くのチャンスを生み出したASローマのレジェンドです。

コンティはASローマでセリエAデビューを果たし、その後ジェノアへ移籍する時期もありましたが、1979年に再びASローマへ復帰しました。そして、1991年に現役を引退するまでローマ一筋でプレーし続けました。

プレースタイルは、ドリブルや正確なクロスを武器にした足元の技術の高さとスピードが特徴で、右サイドから数多くのゴールシーンを演出し、スタジアムを沸かせてきました。ロマニスタからも長く愛されてきた選手です。

引退後もASローマに献身し、下部組織の監督やトップチームの暫定監督を経て、現在はASローマのテクニカルディレクターを務めています。

コンティは、選手としても指導者としてもキャリアの大半をASローマで過ごしており、まさに今回の歴代ベストイレブンにふさわしい存在と言えるでしょう。

ASローマ歴代ベストイレブン:STジュゼッペ・ジャンニーニ

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ASローマ歴代ベストイレブンSTは、ジュゼッペ・ジャンニーニです。

皆さん、ローマの王子様、王様と言えばどの選手が思い浮かびますか?

大半のサッカーファンの方はトッティと言うでしょう。

ですが、トッティが活躍する前までローマの王子様、王様と言われていたのが、今回紹介するレジェンド選手ジャンニーニです。

ジャンニーニは、ASローマの下部組織出身で、1982シーズンにセリエAデビューしています。

スクデットを獲得した1982-1983シーズンも、トップチームに帯同していましたが、主力とは言えず、歓喜の輪に加われずに悔しい思いもしています。

その後、1984-1985シーズンからは主力として定着し、1996年までの15年間で、リーグ戦318試合に出場するなどASローマに多大な貢献をしています。

プレースタイルは、長短さまざまなパスでチャンスを演出し、トップ下の選手としてゲームを支配する能力を持ち、得点能力にも長けた選手でした。

トッティが台頭するまで、ASローマのプリンチベとしてロマニスタから愛され、ASローマのことを語る上でなくてはならない選手の1人となっています。

1999年に、当時セリエBに所属していたレッチェで現役を引退し、引退後は指導者としてイタリア国内外問わず様々なクラブで監督として指導しています。

ASローマ歴代ベストイレブン:FWフランチェスコ・トッティ

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ASローマ歴代ベストイレブンFW1人目は、2000-2001シーズンスクデット獲得メンバーであるフランチェスコ・トッティです。

ASローマを語るうえで、絶対に外すことができないレジェンド選手といえば、フランチェスコ・トッティです。

下部組織出身のトッティは、25年間一度もASローマを離れることなく、ローマ一筋でプレーしてきた真のレジェンドバンディエラです。

ジュゼッペ・ジャンニーニの後継者として、ASローマのプリンチペ(王子)としてロマニスタから愛され続け、歴代最多の786試合出場と316得点という驚異的な記録を残しています。

イタリア人選手として「最後のファンタジスタ」と称されるトッティは、想像力あふれるプレーで観客を魅了し、相手の予想を上回るプレーで長年ロマニスタを虜にしてきました。

今回FWとしての選出ですが、トッティはストライカータイプではなく、セカンドトップや偽9番といわれるポジションでプレーしていました。

チャンスメイクはもちろんのこと、相手に隙があれば自ら得点するスタイルで、ASローマやイタリア代表をけん引してきたのです。

また、数々のメガクラブから破格の条件でオファーが届いたにもかかわらず、すべて断り続けたトッティは、地位やお金、栄光よりもクラブへの愛着を優先し、すべてをASローマに捧げてきました。

その姿はロマニスタだけでなく、世界中のサッカーファンからも称賛されています。

現在のサッカーシーンでは、トッティのようにクラブ一筋で生涯を捧げる選手は少なくなっています。

ほとんどの選手はステップアップやクラブ事情で移籍を選択せざるを得ません。

若いサッカーファンには、ぜひトッティとASローマの関係性、そのプレーや姿勢を一度見てほしいと思います。

引退後はASローマのフロントに入り、現在もクラブのために尽力しています。

ASローマ歴代ベストイレブン:FWガヴリエル・バティストゥータ

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ASローマ歴代ベストイレブン2人目のFWは、ガヴリエル・バティストゥータです。

バティストゥータは、バティという愛称で知られていて、2000-2001シーズンのスクデット獲得時に、エースストライカーとしてASローマで活躍しました。

バティは、FWとして必要不可欠な得点能力の高さ、シュート精度、ポストプレー、裏への抜け出しといった能力がどれも超一流で、右足から放たれる強烈なシュートは、バティゴールと呼ばれ、ロマニスタや世界中の人々を魅了したレジェンド選手です。

1991年から1999年まで、同じセリエAフィオレンティーナに所属し、セリエA得点王を獲得する等の活躍をしていました。

そんなバティには、スクデット獲得という悲願の夢があり、スクデット獲得のために、当時の移籍金としては、世界で2番目となる破格の金額で、ASローマに移籍しました。

そして迎えた、2000-2001シーズンはリーグ戦20得点を決め、悲願のスクデット獲得に大きく貢献する活躍をしたのです。

個人としてもチームとしても、悲願のスクデット獲得に大きく貢献したバティは、破格の移籍金に見合うだけではなく、個人としても目標も達成した最高のシーズンを過ごしました。

これだけの活躍から考えても、間違いなくASローマ歴代ベストイレブンのエースストライカーとして名前が挙がることでしょう!

バティは、アルゼンチン代表でも活躍を見せていて、その高い得点能力から1990年代から2000年代前半の代表的なストライカーの1人と言っても過言ではありません。

現役引退後は、建設会社や農場を経営したりしていて、サッカーと関わりを持つことはなくなりました。

筆者の妄想ですが、もしリオネル・メッシと同世代でバティがいたら、メッシはもっと早くワールドカップを手にすることができたと思っています。

ASローマ歴代ベストイレブン:番外編アリソン

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ASローマベストイレブン番外編2人目は、GKアリソンです。

現在、イングランド・プレミアリーグのリバプールやブラジル代表の守護神として活躍しているアリソンも、かつてASローマに所属していた選手の一人です。

現在、世界でもトップクラスのGKとして名を馳せるアリソンが、かつてASローマでプレーしていたことを知っているファンは意外と少ないかもしれません。

ブラジルのインテルナシオナルからヨーロッパ挑戦のためASローマに移籍したアリソンは、移籍初年度こそ守護神の座をシュチェスニーに譲り、バックアップとしてカップ戦やELで出場するにとどまっていました。

しかし、2年目にはシュチェスニーの移籍に伴い守護神としてゴールマウスを守るようになり、チームに欠かせない存在となりました。

その活躍が認められ、アリソンはリバプールにGKとして史上最高額となる6250万ユーロで移籍することとなり、ASローマにも大きな利益をもたらしています。

アリソンにとって、ヨーロッパでの成功と世界トップクラスのGKとしての評価を築くきっかけとなったのは、まさにASローマでの経験だったのです。

ASローマ歴代ベストイレブン:番外編アントニオ・カッサーノ

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ASローマベストイレブン番外編2人目は、FWアントニオ・カッサーノです。

カッサーノは、ローマ加入時にトッティの後継者と言われるほどに期待されていて、ファビオ・カペッロ監督の元、トッティと共にASローマの攻撃陣をけん引していたレジェンド選手です。

その天才的なアイデアあふれるプレーで、ロマニスタを魅了しましたが、プレー以外の部分で悪童と言われることも多く、カペッロ退任後の監督たちとトラブルを起こし、出場機会を失うことも多々ありました。

それでもカッサーノは、ASローマやレアル・マドリード、インテルやACミランといったクラブで活躍し、プレイヤーとしては超一流と言えるキャリアを過ごしたのです。

インテル時代にチームメイトだった長友佑都の話では、基本的にゴールを決めることよりアシストをすることが好きで、「ゴール前でもギリギリまで味方の動きを見て、パスコースがない時だけ仕方がなくシュートを打っていた」と語っていたエピソードがあります。

悪童といわれる選手たちは、自分勝手でチームの規律を乱し、プレー面でもそういった面が出る選手が多いです。

ですが、カッサーノのプレースタイルは真逆で、悪童と呼ばれているのが意外に感じますね!

そういった意味でいうとカッサーノは、心からの悪童とは言えないのかもしれません。

ASローマ歴代ベストイレブン:番外編中田英寿

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ASローマ歴代ベストイレブン番外編3人目は、MF中田英寿です。

日本人として、ASローマを語る上で欠かせないレジェンド選手は、中田英寿でしょう。

スクデットを獲得した2000-2001シーズンのメンバーで、ポジションが被るトッティのバックアップという位置づけでした。

ASローマの前に所属していたペルージャでは、王様のようにチームの攻撃を支配していた中田英寿でしたが、ローマのプリンチベであるトッティからポジションを奪うことはできませんでした。

そのあたりを含めて、ロマニスタからはトッティの代役というイメージも拭い去れませんが、その代役として出場した試合で中田英寿はスクデット獲得に大きく貢献してきたのです

2000-2001シーズン初ゴールとなったのは、カフーの紹介の時に上記した、2人での圧巻プレーでしたが、最もロマニスタに印象を与えたのが、ユヴェントス戦でのゴールでしょう!

0-2とリードされ、悲願のスクデットが遠のくように見えた時、トッティと途中交代で出場した中田英寿は、出場後すぐに得意のミドルシュートをゴールへ叩き込み、絶望していたロマニスタに再び光を与えました。

ペルージャ時代からユヴェントスキラーと言われていた中田英寿は、この試合で躍動し、得意のミドルシュートを連発、そのこぼれ球をモンテッラが詰めてゴールし、この試合は2ー2のドローで終わったのです。

最終的に、2位ユヴェントスとは、勝ち点2ポイント差でスクデットを獲得しているので、あのままこの試合に負けていたら、ASローマの悲願のスクデットは幻となっていました。

同じ日本人というだけではなく、結果的にこの試合での中田英寿の活躍がなければ、スクデットは獲得できていないので、ASローマベストイレブンの番外編としてはふさわしい選手で間違いありません!

まとめ

ここまで、ASローマ歴代ベストイレブンについてまとめてきました。

この記事を読んでいる皆さんは、イメージしていた選手が選ばれていたでしょうか。

ASローマに限らず、それぞれのクラブでベストイレブンを組むとなると、個人的に思い入れのある選手が多くなり、ファンの立場によってメンバーは千差万別になるものです。

今回選ばれたベストイレブン以外にも、ASローマの長い歴史の中には素晴らしい選手が数多く存在していることは間違いありません。

例えば、あの名将カルロ・アンチェロッティもASローマのスクデット獲得メンバーでしたし、エジプトの王様モハメド・サラーもリバプール加入前には、フィオレンティーナからのレンタルでローマに所属していました。

このように、素晴らしい選手たちが揃った歴代ベストイレブンを誇るASローマですが、近年はセリエAやヨーロッパの舞台でやや低迷が続いています。

セリエAの名門であるASローマの復活を、ロマニスタはもちろん、多くのサッカーファンが心待ちにしていることでしょう。

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