- 育成クラブとして成功に導いたウディネーゼ首脳陣の経営戦略
- 歴代レジェンド選手① モルガン・デ・サンクティス GK(1997~2007)イタリア代表
- 歴代レジェンド選手② トーマス・ヘルベグ DF(1994~1998)デンマーク代表
- 歴代レジェンド選手③ ダビド・ピサーロ MF(1999~2005)チリ代表
- 歴代レジェンド選手④ マルシオ・アモローゾ FW(1996-1999)ブラジル代表
- 歴代レジェンド選手⑤ オリバー・ビアホフ FW(1995-1998)ドイツ代表
- 歴代レジェンド選手⑥ アレクシス・サンチェス FW(2006~2011)チリ代表
- 歴代レジェンド選手⑦ サミール・ハンダノビッチ GK(2004~2012)スロベニア代表
- 獲得失敗例 カルステン・ヤンカー FW(2002~2004)ドイツ代表
- ウディネーゼスカウト陣の目にとまった日本代表DF高井幸大
- 鹿島アントラーズでプレー元日本代表監督ジーコも過去に在籍
育成クラブとして成功に導いたウディネーゼ首脳陣の経営戦略
クラブ創設 1896年 / 本拠地 ウディネ / ホームスタジアム ダチア・アレーナ / 収容人数 25144人
Embed from Getty Images近年、セリエAで上位に食い込む事が出来ずに苦戦を強いられているが、伝統的にその経営戦略は変わらないのがウディネーゼというクラブだ。
世界中にスカウト網を張り巡らせているウディネーゼ・カルチョの経営戦略は、全く無名の若手選手を獲得し、育成したのちに高値で売却することでクラブ運営を成り立たせている。
ウディネーゼは育成クラブとして成功しているイタリアのセリエAでも数少ないクラブの1つだ。
世界中にスカウト網があるウディネーゼには国外の選手が多く移籍してくるため。必然的にチームは多国籍化することになる。
地方の中堅クラブでありながら、これほど多国籍色の濃いクラブも中々見当たらない。
優秀な人材を兼ね備えているウディネーゼのスカウト陣に引き抜かれた選手の中には、メガクラブへの移籍を実現させたりと、のちに大きな飛躍を遂げた選手を多数輩出している。
イタリア国内では中位に位置し、スクデット争いを繰り広げられるような資金力もないが、ウディネーゼ経由でビッククラブ行きの切符を手にした選手や、ワールドクラスの仲間入りを果たした選手を紹介していく。

昔のウイイレに収録されているウディネーゼの選手の能力値も紹介しているよ
歴代レジェンド選手① モルガン・デ・サンクティス GK(1997~2007)イタリア代表


ウイイレの能力値はデ・サンクティスの実力からすればゴールキーパースキル85という数値の高さは適正ではないだろうか。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の1人目は、モルガン・デ・サンクティスである。
1994-95シーズンにプロヴィンチアのクラブ。ペスカーラでプロデビュー。
デビュー戦での活躍もさることながら継続した活躍を見せたことにより、1997-98シーズンにはユベントスに引き抜かれる。
移籍後レギュラーポジションの奪取に至らなかったデ・サンクティスにいち早く目を付けたのがウディネーゼだ。1999-00シーズンより同クラブへの移籍を果たす。
デ・サンクティスのポジショニングとキャッチングは世界を見渡しても当時トップレベルだったことは間違いない。高低に飛び込むタイミングもピカイチで、これといった弱点も見当たらない。
通算8シーズンに渡りプレーしたウディネーゼ時代がデ・サンクティスにとっての全盛期といっていいだろう。
デ・サンクティスはウディネーゼを経て、ナポリやASローマなどのイタリアのビッグクラブへと後に移籍を果たしている。
世界でも有数なGKに数えられていたデ・サンクティスだが
「彼の最大の悲運は同じ時代にブッフォンとトルドがいたことだろう」
Embed from Getty Images当時世界最高峰と言われたジャン・ルイジ・ブッフォンとフランチェスコ・トルドに次ぐ第3のゴールキーパーとしてアズーリに招集されていたデ・サンクティスの代表キャップは、8年間の招集歴でわずか6試合の出場にとどまる。
しかし、デ・サンクティスの実力をもってすれば、どこの国でプレーをしても正GKとしてゴールマウスに君臨していたはずだ。
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歴代レジェンド選手② トーマス・ヘルベグ DF(1994~1998)デンマーク代表


ウイイレの能力値はヘルベグのフィジカルの強さを考えると、ディフェンス65の数値はもう少し高くてもいいと思う。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の2人目は、トーマス・ヘルベグだ。
ヘルベグがイタリアの地に初上陸したのが1993-94シーズンになる。
ウイングバックのポジションでレギュラー起用されると、5シーズンに渡ってウディネーゼに在籍し活躍した。
クラブ史上初のUEFA杯出場や、1997-98シーズンはセリエAで3位に導く活躍を見せている。
ヘルベグのプレースタイルはクロスボールの精度が高いことと、フィジカルの強さではないだろうか。
当時のチームメートでもあるオリバー・ビアホフが得点王を獲得できたのもヘルベグのお膳立てたがあったことは間違いない。
ウディネーゼでの活躍が認められイタリアのビッグ3でもあるACミランへ移籍する。
移籍金の600万ポンドは当時のデンマーク人選手として史上最高額を記録した。
移籍初年度の1998-99シーズンにいきなりセリエA制覇に貢献。
デンマーク代表(1994年-2007年)では国際Aマッチ 108試合出場し 2得点をあげている。
歴代レジェンド選手③ ダビド・ピサーロ MF(1999~2005)チリ代表


ウイイレの能力値はピサロの中盤でのゲームメイクをもってすれば、パスに関する能力値がすべて85超えているのはうなずける数値。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の3人目は、ダビド・ピサーロだ。
チリの名門サンティアゴ・ワンダラーズでキャリアをスタートしたピサーロは、ウディネーゼのスカウト陣の目にとまり1999-00シーズンにイタリアに渡る。
身長170センチと上背はないが、卓越したテクニックとキープ力を兼ね備え、長短自在のパスを前線の選手に供給する司令塔。
以前はトップ下でのプレーが中心だったが、中盤の底でレジスタとしても持ち味を発揮した。
ピサーロもウディネーゼ経由でメガクラブへの移籍を実現させている。
2005-06シーズンにはインテルへと移籍し戦いの場を移すと、その後もローマやフィオレンティーナ、イングランドプレミアリーグのマンチェスターシティなど数々のビッククラブを渡り歩く。
チリ代表としても46キャップを刻んでいる。
歴代レジェンド選手④ マルシオ・アモローゾ FW(1996-1999)ブラジル代表


ウイイレの能力値はヘディングでのゴールを量産していた事を考えるとジャンプ力71とヘディング精度75に関してはもう少し高めでもいいのではないだろうか。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の4人目は、マルシオ・アモローゾである。
1992年に母国ブラジルでプロデビューを飾ると、その年に日本のヴェルディ川崎にレンタル加入するも出番はなし。
その後ブラジルに戻ってから頭角を表すことになる。
名門フラメンゴに加入後、ブラジル全国選手権で得点王に輝いたアモローゾにすぐさま目を付けたのがウディネーゼだ。
ウディネーゼ加入後3年目の1998-99シーズンにセリエA得点王に輝く。
アモローゾのプレースタイルは細身でありながら空中戦に強く、ヘディングでのゴールも量産した。ボールタッチも細かく独特なリズム感も持ち合わせている。
得点王に輝いた翌年、当時大型補強でチーム強化を図っていたACパルマに移籍した。
その後もACミランやドイツの名門ドルトムントなどビッククラブを渡り歩く。
ブラジル代表としての国際Aマッチは、当時3Rと言われたロナウド、リバウド、ロナウジーニョの存在があまりにも大きすぎた影響もあり19試合9ゴールの記録にとどまっている。
歴代レジェンド選手⑤ オリバー・ビアホフ FW(1995-1998)ドイツ代表


ウイイレの能力値は前線に張っているイメージが強いためボディバランス86とヘディング精度86以外の数値が低めなのは適正なのか。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の5人目は、オリバー・ビアホフだ。
1986-87シーズンにプロデビューを飾ると、母国ドイツのブンデスリーガで4年間プレーしたのちにオーストリアに移籍。
その1年後の1991-92シーズンにイタリア初上陸を果たす。当時セリエAで降格圏に沈んでいたアスコリでプレーすることになる。
その後、降格してセリエBでの戦いを余儀なくされたビアホフだが、セリエBで得点王に輝き1995-96シーズンにウディネーゼへの移籍を果たす。
この年セリエAで17ゴールを叩き出す活躍が認められ、同年ドイツ代表に初招集される。
1997-98シーズンにはリーグ戦27ゴールをあげてセリエA得点王に輝き、翌年ACミランに引き抜かれた。
空中戦がめっぽう強くミラン移籍初年度から19ゴールを記録するが、そのうちの15ゴールがなんとヘディングであげたゴールである。
ドイツ代表としてもワールドカップに2大会出場し、国際Aマッチ70試合37ゴールの活躍を見せた。
歴代レジェンド選手⑥ アレクシス・サンチェス FW(2006~2011)チリ代表


小柄なアレクシス・サンチェスの特徴はスピードなので、ウイイレの能力値をみるとスピード80、敏捷性83と数値に表れていることから、適正であると思われる。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の6人目は、アレクシス・サンチェスだ。
2005シーズンに16歳でプロデビューを果たしたサンチェスがヨーロッパに渡ったのが3年後の2008シーズンとなる。
保有権のあるウディネーゼに加入。
スピードに乗ったドリブルとテクニックで相手ディフェンダーを翻弄するプレースタイルは、アルゼンチン代表のリオネル・メッシのような脅威を与えていたと言っても過言ではないだろう。
入団当時は右WGとしてプレーしていたサンチェスだが2010シーズンには、監督交代の影響もありトップ下へと新境地を見いだす。
そのシーズンには1試合で4ゴールを挙げる活躍を見せたり、70mを独走してゴールを決めるなど決定力の高さを発揮した。
サンチェスの活躍もありウディネーゼはこのシーズンUEFAチャンピオンズリーグの出場権を獲得すると共にサンチェス自身もセリエA最優秀選手に選出される。
ウディネーゼでの活躍が認められスペインのバルセロナへ2011年移籍を果たすと、その後はビッククラブを渡り歩いた。
アレクシス・サンチェス移籍クラブ履歴
- 2011-2014 バルセロナ
- 2014-2018 アーセナル
- 2018-2020 マンチェスターユナイテッド
- 2019-2022 インテル
- 2022-2023 マルセイユ
- 2023-2024 インテル
2024ー25シーズンには古巣ウディネーゼに復帰して2年契約を結んでいる。
歴代レジェンド選手⑦ サミール・ハンダノビッチ GK(2004~2012)スロベニア代表


ハンダノビッチが真価を発揮したのはインテルに移籍したからとなるので、この時期の数値としてゴールキーパースキル83は適正値ではないだろうか。
Embed from Getty Imagesウディネーゼ歴代レジェンド選手の7人目は、スロベニア人GKサミール・ハンダノビッチだ。
2004-05シーズンにイタリアの地に渡ったハンダノビッチだが移籍当初のキャリアは苦戦を強いられることとなる。
ハンダノビッチが移籍した当時のウディネーゼには、先ほど紹介した絶対的な守護神モルガン・デ・サンクティスが正GKとして君臨。
そのためハンダノビッチはウディネーゼの選手として試合に出場できなかったため、他クラブへのレンタル移籍を繰り返す事になる。
レンタル先でも出番に恵まれなかったハンダノビッチにチャンスが訪れたのは、2007ー08シーズンにデ・サンクティスがスペインのセビージャへ移籍することによってもたらされた。
ウディネーゼでスタメンの座を射止めるとその才能の片鱗を発揮する。
ハイボールの処理能力と俊敏性もさることながら、PKストッパーとしても開花。
2010-11シーズンには8本のうち6本を止めてセリエAのシーズン新記録を打ち立てると、2008-09シーズンからの4シーズンで32本のうち15本をセーブ、PKストップ率は脅威の46.9%の記録を残す。
2012-13シーズンにインテルへ移籍すると、以来11シーズンに渡り名門クラブのゴールマウスに君臨することになる。
獲得失敗例 カルステン・ヤンカー FW(2002~2004)ドイツ代表


筋肉質で強靭なフィジカルを誇るヤンカーではあるが、ボディバランス95が数値として高すぎる感が否めない。
Embed from Getty Imagesここまでウディネーゼのスカウトがいかに優れているかを書いてきたが
優れたウディネーゼのスカウトにも当然ながら獲得の失敗例がある。
それがカルステン・ヤンカーだ。
ヤンカーがイタリアの地に初上陸したのは2002-03シーズンのことになる。
前年のシーズンまでドイツの名門バイエルン・ミュンヘンで目覚ましい活躍をみせていたヤンカー。
発掘から育成をクラブの経営戦略としているウディネーゼにとって待望の大物ストライカーの入団となる。
すでにドイツ代表としてもデビューを飾っているヤンカーの入団はウディネの街のサポーターからも大きな期待を寄せられたことは言うまでもない。
バイエルン時代にはブラジル代表のエウベルと共に史上に残る程の強力な前線を形成し、数々のタイトル獲得に貢献したヤンカーだが、イタリアの地では思うような活躍を見せることが出来なかった。
イタリアの文化が肌に合わなかったのか、2シーズン在籍で挙げたゴール数はわずか2ゴールにとどまってしまう。
ウディネーゼにとってヤンカーの獲得は失敗例に挙げられる結果と言わざるを得ないだろう。
ウディネーゼスカウト陣の目にとまった日本代表DF高井幸大
世界中にスカウト網を張るウディネーゼに移籍した日本人選手は現在に至るも皆無である。
しかし今夏(2025年夏)そのウディネーゼスカウト陣の目にとまった日本人選手が現れる。
それが川崎フロンターレに所属していたDF高井幸大である。
20歳にして既に日本代表デビューも飾っている将来有望な超新星だ。
Embed from Getty Images身長192センチの大型センターバックは先のACLEでも、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドを見事に封じ込めてみせた。
発掘力に定評のあるウディネーゼスカウト陣が獲得を望んだのも頷ける選手である。
だが、高井が選んだ2025年夏の移籍先はウディネーゼではなくプレミアリーグのトッテナムだった。
この移籍劇には専門家やジャーナリストも賛否両論で大きな波紋を呼んでいる。
いきなりプレミアリーグのビック6の一角であるトッテナムに加入して本当に活躍出来るのか?
活躍するどころか、試合に出場することさえ出来ないのではないか。
サンフレッチェ広島からアーセナルにいきなり移籍した浅野拓磨のように2部リーグや中堅国にレンタル移籍を繰り返すことになるのではないかといった声も少なくない。
筆者としては育成に定評のあるウディネーゼ経由でのメガクラブ行きに期待したかったのが正直な感想だが、今回の移籍が成功するのか失敗に終わるのか、じっくりと見極めて行きたい。
鹿島アントラーズでプレー元日本代表監督ジーコも過去に在籍
ウディネーゼ・カルチョの経営戦略でもある「発掘」に関しては間違いなく世界レベルのスカウト陣が将来を見越した選手の発掘を手かげていると言えるだろう。
この記事の中であげた選手達も、その大勢の中の氷山の一角に過ぎないからだ。
育成したのちに何人もの選手をビッグクラブに送り込んでいる。
例外ではあるが失敗例として挙げさせてもらった実績十分のヤンカーや、Jリーグの鹿島アントラーズでもプレーした日本でもお馴染みの元日本代表監督の神様ジーコもウディネーゼでのプレー経験を持つ。
Embed from Getty Images潤沢な資金力で選手を買い漁る昨今の市場の主役となっているビッククラブや、中東の金満クラブに逆行するように、ウディネーゼ・カルチョは脂が乗り始めた選手を、市場で高値で売却することによってクラブ運営を黒字決済している。
ウディネーゼのようなクラブが存在しているからこそ、世界中でサッカーを志す有能な若者達が埋もれることなく、表舞台で頭角を現すことが出来ていることも忘れないで欲しい。
Embed from Getty Images今後もウディネーゼスカウト陣の発掘力によって、世界的スーパースターが誕生することを願うと共に、世界中の若者達が集結したウディネーゼ・カルチョが躍動していく姿に期待したい。


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